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朝鮮音楽の研究

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の音楽・軍歌・歌謡を翻訳。現在100曲収録を目指しています。開設:チュチェ104(2015)年4月23日 ※2016/8/22 コメント欄開放 姉妹サイト:http://www.geocities.jp/totalwar1939/

赤旗の歌(적기가)

革命歌謡 抗日革命音楽 解説付き 労働歌

 

世界的な革命歌・労働歌である『赤旗の歌』を訳してみました。朝鮮ではどのように歌われているのでしょうか。

 

民衆の旗 赤旗
戦士の屍を包む
しかばね冷える間に
血潮は旗を染め抜く

高く立て 赤旗
そのもとで 固く誓う
卑怯者よ 去らば去れ
我らは赤旗守る


仇敵との血戦のなか
赤旗を捨てるものは誰なのか
金と地位とに取りつかれた
下劣な卑怯者だ
高く立て 赤旗
そのもとで 固く誓う
卑怯者よ 去らば去れ
我らは赤旗守る


赤旗を高く翻し
我らは進むを誓う
来たれ牢獄 絞首台
これぞ告別の歌
高く立て 赤旗
そのもとで 固く誓う
卑怯者よ 去らば去れ
我らは赤旗守る


민중의 기 붉은기는
전사의 시체를 싼다
시체가 식어 굳기전에
혈조는 기발을 물들인다
높이 들어라 붉은기발을
그밑에서 굳게 맹세해
비겁한 자야 갈라면 가라
우리들은 붉은기를 지키리라

 

원쑤와의 혈전에서
붉은기를 버린놈이 누구냐
돈과 직위에 꼬임을 받은
더럽고도 비겁한 그놈들이다
높이 들어라 붉은기발을
그밑에서 굳게 맹세해
비겁한 자야 갈라면 가라
우리들은 붉은기를 지키리라

 

붉은기를 높이 들고
우리는 나가길 맹세해
오너라 감옥아 단두대야
이것이 고별의 노래란다
높이 들어라 붉은기발을
그밑에서 굳게 맹세해
비겁한 자야 갈라면 가라

 

解説。

一見して日本で歌われている『赤旗の歌』一番、三番~四番とよく似ています。

参考に、日本語版の歌詞を見てみましょう。

 

民衆の旗赤旗
戦士の屍を包む
死屍固く冷えぬ間に
血潮は旗を染めぬ
高く立て赤旗
その影に死を誓う
卑怯者去らば去れ
我らは赤旗守る


富者に媚びて神聖の
旗を汚すは誰ぞ
金と地位に惑いたる
卑怯下劣の奴ぞ
高く立て赤旗
その影に死を誓う
卑怯者去らば去れ
我らは赤旗守る


我らは死すまで赤旗
掲げて進むを誓う
来たれ牢獄 絞首台
これ告別の歌ぞ
高く立て赤旗
その影に死を誓う
卑怯者去らば去れ
我らは赤旗守る

 

歌詞については、日本語版を殆どそのまま輸入したことがわかります。

植民地統治時代の朝鮮の歌に散見されることですが、日本でうたわれていた歌が輸入されて歌われる例は、自然な流れとして大変多かったようです。

特に朝鮮の社会主義者・共産主義者に愛唱された革命歌にはその傾向が顕著です。

赤旗の歌』も例外ではありませんでした。

では、『赤旗の歌』が朝鮮に輸入されたのはいつごろのことなのでしょうか。

ふたつ手がかりがあります。

日本において歌われた『赤旗の歌』の訳詞は社会主義運動家・赤松克麿によるものでした。

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赤松克麿(1894~1955)↑のおっさん

 

彼は当時の革命家と同じように、1917年の十月革命に影響され社会主義運動家となった人物です。とうぜん『赤旗の歌』を訳した年代はそれ以降になるでしょう。

追記:いろいろ調べた結果、最初に翻訳した人物は赤松で間違いないようですが、どうも最初に国内に「持ち込まれた」のは1921年、野坂参三によるらしいです。野坂がイギリスに渡りグレートブリテン共産党に入党し日本に帰国する際、労働団体である世界産業労働組合(IWW)が編纂した労働歌集『Little Red Songbook』を持参し、それに掲載されていたものが、日本に『赤旗の歌』が伝えられた最初の事例ということになります。

したがって後述の通り、朝鮮半島に輸入された年代を1920年代前半と比定するのは理にかなっているかと思います。 

もうひとつの手がかりは、金日成回顧録「世紀とともに」です。このなかに、当時の金日成部隊内で『赤旗の歌』が愛唱されていたという記述があります。とするならば、早くて1920年代前半、遅くても1930年代の前半には『赤旗の歌』は朝鮮に輸入されていたことになります。

旋律が少々異なっています。日本、そして世界中でうたわれている同歌の旋律はドイツ民謡『もみの木』から採られたといわれているのですが、日本から口伝で輸入されるときに変化していったものか、あるいは金日成抗日パルチザン部隊内部においてのみ、このような変化を遂げたのでしょうか。北朝鮮の音楽当局は、当時の革命歌謡の研究にも力を注いでいるようですので、各地域で歌われているものとは違う旋律になった過程についても知っているでしょう。歯がゆいのは、日本にいる我々には何の情報も伝わってこないことです。

※追記:南朝鮮(韓国)の映画「シルミド」(金日成暗殺部隊の反乱が題材です)の劇中において全く同じ旋律で歌われています。ですので、共和国に限らず朝鮮半島全域で『赤旗の歌』は変化をとげていることになります。

しかし南朝鮮においては『赤旗の歌』は「北」の共産主義者たちの歌であるとして、

李承晩時代の1948年には全面的に歌唱を禁止されてしまったそうです。

いずれにしろ、植民地統治下において弾圧されていた共産主義者たち、すなわちソウルを中心に活動していた朝鮮共産党、そして金日成抗日パルチザン部隊の人々を力強く勇気づけてきた曲であることは間違いないでしょう。

 

2017/02/01 記事を若干改訂したのでトップに表示

 

 

キムチを前にとってもうれしそうな敬愛する最高領導者金正恩同志

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