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朝鮮音楽の研究

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の音楽・軍歌・歌謡を翻訳。現在100曲収録を目指しています。開設:チュチェ104(2015)年4月23日 ※2016/8/22 コメント欄開放 姉妹サイト:http://www.geocities.jp/totalwar1939/

統一列車は走る(통일렬차 달린다)

 統一列車は走る 歌詞

 

 

統一列車は走る 釜山行き列車は走る
統一列車は走る 湖南行き列車は走る
七百里 洛東江畔に 生命の水を引き入れ
新しい鍬で力強く 湖南の野を広げよう
千里馬トラクターに クレーンも動く
千里馬トラクターに クレーンも動く
疾風のように駆け抜けよう 統一の鐵馬で
車窓からは外がチラチラ チラチラ チラチラ
南の兄弟が 喜び来たる

 

 

統一列車は走る 釜山行き列車は走る
直通列車は走る 平壌駅を発車する
家なき兄弟には文化住宅を建て
絹の布のようなビナロンで 服を着せよう
我らの同胞愛を荷台に積んで
我らの同胞愛を荷台に積んで
疾風のように駆け抜けよう 統一の鐵馬で
車窓からは外がキラキラ キラキラ キラキラ
南の地が 駆けてくる

 

 

 

통일렬차 달린다 부산행 렬차 달린다
통일렬차 달린다 호남행 렬차 달린다
칠백리 락동강반 생명수 끌어주고
새 보습 우렁우렁 호남벌을 번져주세
천리마 뜨락또르 기중기도 달린다
천리마 뜨락또르 기중기도 달린다
질풍같이 몰고가세 통일의 무쇠철마
차창밖에 어뜩어뜩 어뜩어뜩...
남녘형제 반겨온다

 

 

통일렬차 달린다 부산행 렬차 달린다
직통렬차 달린다 평양역 떠나간다
집없는 형제들엔 문화주택 세워주고
비날론 비단천을 형제마다 입혀주세
우리의 동포애를 차판마다 싣고서
우리의 동포애를 차판마다 싣고서
질풍같이 몰고가세 통일의 무쇠철마
차창밖에 번쩍번쩍 번쩍번쩍...
남녘땅이 달려온다

 

 

 

解説。1961年創作(作詞:パク・サヌン 作曲:モ・ヨンイル)の曲を普天堡電子楽団が再形象したもの。

歌詞を一目してわかる通り、朝鮮民主主義人民共和国の主導のもとでの朝鮮半島統一を歌っている。

作曲当時の1960年代初頭、朝鮮半島の情勢は明らかに北朝鮮有利に運んでいた(少なくとも外部からはそのように見えた)。

北朝鮮では1956年8月の「八月宗派事件」以降続いた朝鮮労働党内部での粛清劇がひとまず収束、戦後復興の延長としてさらなる経済建設を進めるべく1957年に「国民経済発展第一次五ヵ年計画」が推し進められた。その一環として1959年には「千里馬運動」が提唱され多くの勤労大衆を動員、60年度の工業生産は56年比の二倍以上に膨れ上がった。

農業部門では「青山里方式」を確立し、労働党の指導下のもとでの農業生産の増大が図られた。金日成の有名な「白米と肉のスープ」演説も、急速な経済発展に裏打ちされた希望的観測を吐露したものだった。

一方、当時の韓国経済は世界的にも低水準だった。強権的な李承晩政権への反発は

四月革命を誘発、韓国第一共和国は崩壊し第二共和国が誕生したが、早くも一年後には朴正煕少将の軍事クーデターが勃発し政権が崩壊するなど、政情不安も著しかった。

こうした状況下では、多くの人々にとって北朝鮮による朝鮮半島統一は決して絵空事とは思えなかった。当の金日成朝鮮人民も同じように感じていただろう。

日本でも「地上の楽園」北朝鮮の未来を信じた人々が多くいた。うちひとつは朝鮮総連の人々であり、もう一方は日本共産党とその周辺の人々である。

関鑑子によって展開され、日本共産党とも密接な関係を持った「うたごえ」運動は、

平壌は心のふるさと』『リムジン河』などとともに『統一列車は走る』をさかんに歌った。

今から約50年前、朝鮮民主主義人民共和国の前途は確かに輝いていた。

『統一列車は走る』はそうした国際的背景を反映している歌なのである。

 

参考文献

北朝鮮現代史(和田春樹、岩波新書

・韓国現代史(文 京洙岩波新書

・うたごえサークル「おけら」サイト様