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朝鮮音楽の研究

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の音楽・軍歌・歌謡を翻訳。現在100曲収録を目指しています。開設:チュチェ104(2015)年4月23日 ※2016/8/22 コメント欄開放 姉妹サイト:http://www.geocities.jp/totalwar1939/

カンタータ『鴨緑江』(교성곡 《압록강》)

1949年創作 解説付き カンタータ

 

カンタータ鴨緑江』を紹介する。解説はいつもに増して散文調で読みにくく、恐縮する次第。

カンタータとは交声曲のこと。

この曲について私が知ったのは、朝鮮新報の音楽にかんする記事を読み漁っていた時だった。

カンタータ『鴨縁江』は、趙基天が創作した叙事詩白頭山』の第六章に金玉成が曲をつけ、交声曲にしたもの。

趙基天は、のちに普天堡電子楽団が曲をつけ再形象し大ブレイクした『口笛』などを創作した詩人でもあり、1950年に勃発した朝鮮戦争には従軍作家として参戦し、1952年に爆撃で死亡した。

作詞者が朝鮮戦争中に死亡した人物だけあって、カンタータ鴨緑江』の創作年代はとても古く創作年代は朝鮮解放の熱気ただよう「民主平和建設時期」。あの『金日成将軍の歌』『人民共和国宣布の歌』などと同じ世代の曲だ。

しかし『鴨緑江』は同世代の曲の中ではとても不遇な扱いを受けているようだ。

朝鮮新報によれば現在、本国・朝鮮民主主義人民共和国では殆ど演奏されず、むしろ在日コリアン社会において普及しているという。

同じ詩人が創作した『口笛』は朝鮮音楽史上最も知られた曲となった一方で、『鴨緑江』は忘れ去られた名曲と化してしまったとは、なんというアイロニーだろうか。

 

そういえば、朝鮮音楽において現在かろうじて名を留めているカンタータ形式の声楽曲は、この『鴨緑江』くらいしかない。建国初期は『鴨緑江』以外にもカンタータ形式の声楽曲は存在したが、それも朝鮮音楽史上から姿を消してしまった。

作曲者の金玉成は後年、『決戦の途へ』『塹壕内のわが歌』『青山里に豊年が来た』などを創作しているが、どれもカンタータ形式の楽曲ではない。

 品のない言い方をすれば、解放後、ソ連軍政下で輸入されたカンタータ形式の音楽が、朝鮮戦争あたりを境にして「流行らなくなった」ということなのだろう。

そして、長い時間をかけて「音楽におけるチュチェ」を推進する過程でカンタータ形式の楽曲が「ソ連由来の音楽形式であり朝鮮式でない」と見なされ、排除されていったのではなかろうか。

こう推理すると、すべては納得いく。

しかしこんな名曲が朝鮮本国で埋もれてしまっているというのは惜しい。

早く朝鮮の音楽関係者が発掘し、朝鮮人民の前で再び演奏される日が来てほしいものだ。

 

 2016年7月7日追記:

ついに朝鮮本国でも日の目を見たようです。

該当箇所を太字表記にしておきます。

 

朝鮮の国立交響楽団で交響楽作品を新たに創作

平壌7月6日発朝鮮中央通信】朝鮮の貫禄ある国立交響楽団朝鮮人民の感情・情緒に合う交響楽作品を新たに創作した。
その中には、朝鮮労働党を敬慕し、従う千万の軍民の烈火のような衷情を見せる管弦楽序曲「母の誕生日」と交響連曲「党を歌う」、祖宗の山、白頭山に引かれる軍隊と人民の心を荘重でありながらも激動的に音楽形象化した管弦楽白頭山の吹雪」と「白頭山へ行かん」もある。
管弦楽「南山の青松」は、革命の道がいくら遠くて険しくとも継続革命の精神を心に刻み付けて最後まで闘っていく時、輝かしい勝利を収めることができるという革命的楽観を感銘深く披露する作品である。
管弦楽「朝鮮の姿」は、偉大な指導者の周りに一つの思想・意志で固く結集した朝鮮の一心団結はいかなる核兵器とも比べられないこの世で最も優れた力であるということを芸術的に立派に形象化している。
特に、クライマックスで時代のたくましい歩調を連想させる打楽器の力強い響きの中ですべての演奏家が「一心団結」のスローガンを高らかに叫ぶ形象は作品の魅力をいっそう増している。
合唱と管弦楽「チョンサンが原に豊年が来た」、ピアノ協奏曲「決戦の道」、交声曲「鴨緑江をはじめとする数編の作品も立派に再形象化された。

 

 参考文献

・朝鮮音楽 金正恩第一委員長時代へ(レインボー出版)

カンタータ鴨緑江』と共に(朝鮮新報)

・解放5年、同胞音楽事情(朝鮮新報)